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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和36年(ネ)123号 判決

控訴人 村本正三

被控訴人 藤井治左久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審の訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に記載するほかは原判決記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴人の主張

(一)、昭和二十七年十月二十日、控訴人、被控訴人間に成立した土地売買契約(以下「本件売買契約」という)において売買の目的とされた土地の旧地番が高岡市湶町字西五百四十番の一、田九畝十五歩、同所五百三十九番の二、田二十八歩であつたことは認める。

(二)、原審における昭和三十六年四月二十五日午前十時の第二十四回口頭弁論期日において、控訴人訴訟代理人は、本件売買契約による売渡土地の被控訴人に対する所有権移転登記の履行期が、昭和三十二年二月十八日に到来した、という被控訴人訴訟代理人の主張事実を認めると述べたが、右自白は、事実に反し、錯誤に因るものであるから、撤回する。本件売買契約においては、売渡土地の所有権移転登記の時期を、当時高岡市北部耕地整理組合が行つていた耕地整理事業による換地配当処分終了後翌日と定めたのであり、換地処分後において被控訴人に対する移転登記が可能となつた時と定めたのではない。そして右耕地整理組合による換地処分は昭和二十七年十一月一日に行われたのであるから、売渡土地の所有権移転登記の履行期は翌十一月二日に到来したのであり、仮にそうでないとしても、本件売買契約による売渡土地を含む百五十二坪二合の土地について、換地処分に因る登記が行われた昭和二十八年三月十一日の翌日である同月十二日に到来したものであり、右の履行期が昭和三十二年二月十八日に到来したということは事実に反する。そして、控訴人訴訟代理人が前記の自白となる陳述をした口頭弁論期日は、予めその期日指定がなされていたものではなく、当日、控訴人訴訟代理人であつた中村領策弁護士と被控訴人訴訟代理人であつた正力喜之助弁護士がそれぞれ他の用件で富山地方裁判所高岡支部に居合わせていたところ、原審裁判官が本件についての口頭弁論期日の施行を求めたので、右両名がこれに同意した結果、直に弁論期日の指定、告知が行われて、施行されたものであつた。このように、右期日の施行は、控訴人訴訟代理人であつた中村領策弁護士にとつて全く予期していない突然のことであつつため、口頭弁論を行うための準備をしていなかつたので、錯誤を起して前記の陳述をしてしまつたのである。したがつて、前記の自白の撤回は許されるべきである。

(三)、本件売買契約の目的となされた高岡市湶町字西五百四十番の一、田九畝十五歩、同所五百三十九番の二、田二十八歩(本件売買契約当時、右二筆の土地は高岡市北部耕地整理組合が行う耕地整理事業の施行地域内に含まれていたため、右二筆の土地を合わせたものに、湶町六十五番という仮地番が附けられていた)のうちの北側の七十五坪(以下「本件売買契約の目的地」という)を含む百五十二坪二合の土地は、昭和二十七年十一月一日、右耕地整理組合が行つた換地処分により、古川宇三郎所有の高岡市湶町字西三百六十六番の二、宅地四坪、同町字石間百四十三番の六、宅地十七坪の二筆の土地に対する換地とされた。そして右の古川宇三郎に換地として与えられた土地の地番が高岡市湶町字本町三丁目四十番、宅地百五十二坪二合と改められた。他方、控訴人の所有に属していた旧地番高岡市湶町字西五百四十番の一、同所五百三十九番の二の二筆の土地のうち、右の古川宇三郎に対して換地として与えられた部分を除くその余の部分については、昭和二十七年十一月一日、前記耕地整理組合の換地処分により、同じ場所が控訴人に対して換地として与えられ、その地番が高岡市湶町字本町三丁目四十一番、田四畝二十五歩と改められたが、右の古川宇三郎に換地として与えられた部分の控訴人の旧所有地については換地は与えられず、金銭による清算が行われた。

(四)、右のように、昭和二十七年十一月一日に行われた前記耕地整理組合の換地処分により、控訴人は本件売買契約の目的地の所有権を失いかつその換地を与えられなかつたのであるから、本件売買契約において定められた所有権移転登記履行期である換地処分終了の翌日である同年十一月二日当時、既に本件売買契約に基く控訴人の債務は、控訴人の責に帰することのできない換地処分という事由によつて履行不能となり、消滅していたのである。

(五)、昭和三十一年十一月二日、控訴人は、前記のとおり換地処分により古川宇三郎の所有となり、更に古川から田島隆一に所有権が移転していた高岡市湶町字本町三丁目四十番、宅地百五十二坪二合の所有権を取得し、その登記を受けたけれども、これは、控訴人を原告、富山県知事、高岡市北部耕地整理組合、古川宇三郎、田島隆一をいずれも被告とする富山地方裁判所昭和二八年(行)第四号事件について昭和三十一年九月二十六日に裁判上の和解が成立し、右和解に基いて、控訴人が中山律子から同人所有の土地を買受け、これを田島に譲渡し、その代償として前記の土地の所有権を取得したことによるのである。このように、右訴訟事件においてたまたま和解が成立したことによつて、控訴人が本件売買契約の目的地と同じ場所の土地所有権を再び取得したからといつて、一旦消滅した控訴人の本件売買契約に基く債務が復活するということにはならない。のみならず、本件売買契約によつて、控訴人が被控訴人に譲渡すべき債務を負担した本件売買契約の目的地についての所有権と、被控訴人が本件において所有権移転登記を求めている土地(以下「本件土地」という)についての所有権とは法律上同一性がないのである。本件売買契約の目的地と本件土地とは事実上その所在している場所は同じであるけれども、本件売買契約の目的地について控訴人が有していた所有権は、昭和二十七年十一月一日、換地処分が行われた際、右土地に対する換地が与えられなかつたことによつて絶対的に消滅してしまつた(換地が与えられなかつたのであるから、右の土地の所有権がその法律上の同一性をもつたまま、他の場所にある土地についての所有権に谷つたのではなく、また右土地の所有権が控訴人から他人に承継取得されたのでもない)のであり、同日、古川宇三郎が換地処分によつて取得した本件土地についての所有権は、古川宇三郎が前記の二筆の旧地について有していた所有権が法律上の同一性をもつたまま、その客体である土地の所在場所を変えたものなのである。すなわち、控訴人が昭和三十一年十一月二日に取得した本件土地の所有権は、古川宇三郎が換地処分前に所有していた前記の二筆の旧地についての所有権と法律上の同一性を有するものではあるが、本件売買契約成立当時、控訴人が本件売買契約の目的地について有していた所有権とは法律上の同一性のないものなのである。したがつて、昭和三十一年十一月二日に控訴人が本件土地の所有権を取得したけれども、本件売買契約に因つては本件土地所有権は被控訴人に移転しないのであり、したがつて、また、控訴人は被控訴人に対して本件土地の所有権移転登記義務も負わないのである。

(六)、右(三)ないし(五)のとおり、本件売買契約は昭和二十七年十一月一日に行われた換地処分によつて履行不能となり、控訴人、被控訴人間の関係は民法第五百三十六条、もしくは第五百四十三条に則つて処理されるべきものとなつたのである。控訴人が昭和三十二年十月二十五日に、被控訴人に対して手附倍戻しとして四十六万円を提供し、供託したのは、控訴人が本件売買契約の目的地と本件土地の所在場所が同じであつたことから、右土地の所有権が法律上同一性があるものと誤解したことに因るのであり、法律上は無用のことをしたに過ぎないのである。

(七)、仮に、本件売買契約が昭和二十七年十一月一日に履行不能となつたものではないとしても、本件売買契約において定められた解除に関する特約(右特約は取引の決済の迅速化のため定められたものであり、その文言どおりの約定と解すべきものである)に基いて、昭和三十二年十月二十五日、控訴人が手附金の倍額である四十六万円を被控訴人に対して提供し、供託したことによつて、本件売買契約は解除された。被控訴人が昭和三十二年二月十八日に残代金十九万五千円を控訴人に現実に提供したということはない。被控訴人はその主張する控訴人に対する損害賠償請求権と残代金債務の相殺を主張して、残代金を現実に支払おうとはしなかつたのである。

(八)、本件売買契約が農地調整法第四条により無効であるという主張(原判決の七枚目表の後から五行目より七枚目裏前から四行目までに、控訴人の抗弁の(一)として記載されている主張)は撤回する。

被控訴人の主張

(一)、本件売買契約において売買の目的とされた土地は、当時控訴人の所有に属していた高岡市湶町字西五百四十番の一、田九畝十五歩、同所五百三十九番の二、田二十八歩の二筆の土地(原審において、五百四十九番の二と主張したのは五百三十九番の二の誤りであるから訂正する)のうちの北側の七十五坪であるが、右二筆の土地は当時高岡市北部耕地整理組合が行つていた耕地整理事業の施行区域内に含まれていたので、右二筆の土地を合わせたものに対する仮換地が、右二筆の土地と同じ場所に指定され、湶町六十五番という仮地番が附けられていたのである。

(二)、控訴人訴訟代理人が原審において、本件売買契約に基く本件土地の所有権移転登記の履行期が昭和三十二年二月十八日に到来したことを認めると述べた自白たる陳述を撤回することには同意しない。右の自白は事実に反するものではなく、また錯誤に因るものでもないから、その撤回は許されないものである。すなわち、本件売買契約について作成された契約書(乙第二号証)には、所有権移転登記の履行期について、「耕地整理換地配当終了後翌日トス」と記載されているが、右の約定の趣旨は単純に換地処分が行われた日の翌日を履行期と定めたものではなく、本件売買契約当時、本件売買契約の目的地について換地処分が行われることが予定されていたところから、換地処分が行われて本件売買契約の目的地について地番が確定した時に、その確定した地番によつて表示される右土地についての所有権移転登記を行うという趣旨を定めたものなのである。したがつて、昭和二十七年十一月一日、換地処分によつて古川宇三郎に対して本件売買契約の目的地が換地として与えられ、控訴人が右土地について被控訴人に対する所有権移転登記を行うことができない状態にあつた以上、翌二日、または昭和二十八年三月十二日に履行期が到来したということはできないのである。

(三)、本件売買契約の目的地を含む高岡市湶町字西五百四十番の一、同所五百三十九番の二の二筆の土地のうちの北側の百五十二坪二合の土地に対しては換地が与えられないで金銭清算がなされたということ、換地処分の結果本件売買契約が履行不能となつたということはいずれも否認する。

(四)、本件土地の所有権移転の経過は次のとおりである。

(1)、高岡市湶町字西五百四十番の一、同所五百三十九番の二の二筆の土地はいずれももと古川宇三郎の所有であつたが、自作農創設特別措置法によつて国がこれを買収したうえ控訴人に売渡した。しかし古川が右の買収、売渡処分が違法であると主張して異議の申立を行つた結果、富山県農業委員会、富山県等の係官、高岡市北部耕地整理組合長等が斟旋して、昭和二十七年五月二日、富山県庁において控訴人と古川との間で、前記二筆の土地のうち本件売買契約の目的地となつた部分を含む百五十二坪二合を控訴人から古川へ譲渡するという和解が成立した。しかし右土地は前記のとおりいわゆる解放農地であつて譲渡が禁止されていたので、当時国有地であり、払下げが予定されていた高岡市湶町字西三百六十六番の二、宅地四坪、同町字石間百四十三番の六、宅地十七坪の二筆の土地を古川に払下げ、前記耕地整理組合が換地処分を行う際、古川が払下げを受けた右二筆の土地に対する換地として前記の百五十二坪二合の土地を与えるという形式をとることによつて、前記の百五十二坪二合の土地所有権を古川に取得させるということが、前記の和解を斟旋をした者の間で定められ、この約束にしたがつて、昭和二十七年十一月一日、前記耕地整理組合は、古川が国から払下げを受けた前記二筆の土地に対する換地を前記の百五十二坪二合の土地とする換地処分、および控訴人所有の高岡市湶町字西五百四十番の一、田九畝十五歩に対する換地を同町字本町三丁目四十一番田四畝二十五歩、高岡市湶町字西五百三十九番の二、田二十八歩外五筆に対する換地を同町字本町三丁目二番田六畝一歩とする換地処分を行つた。そして古川が換地として与えられた前記百五十二坪二合の土地はその地番を高岡市湶町字本町三丁目四十番と改称された。

(2)、ところが、控訴人は右の古川との和解に不服であつたので、富山県知事、高岡市北部耕地整理組合、古川宇三郎、田島隆一をいずれも被告として、富山地方裁判所昭和二八年(行)第四号耕地整理の換地認可無効確認等請求事件の訴を提起し、昭和三十一年九月二十六日右事件について訴訟上の和解をし、右和解に基いて、本件土地を含む前記の高岡市湶町字本町三丁目四十番宅地百五十二坪二合の所有権を取得し、同年十一月二日、その登記を受けた。

(五)、本件売買契約が結ばれた当時、控訴人は、前記(四)の(1) の古川宇三郎との和解によつて、本件売買契約の目的地が古川に換地として与えられることになつていることを知つていたにもかかわらず、これを秘して本件売買契約を結んだのであるが、被控訴人は、本件売買契約の目的地が必要であり、本件売買契約の目的地に対しては同じ場所が換地として与えられることが確実であるという控訴人の言分を信じたからこそ本件売買契約を結んだのであり、契約成立と同時に右土地を被控訴人が使用できることを約定し、かつ実際にその引渡しを受けて家屋の建築工事を始めたのであつて、本件売買契約の目的地に対する換地が他の場所に与えられれば、その換地として与えられた他の場所の所有権を取得できればよいということで本件売買契約を結んだのではないのである。

(六)、前記(四)の(1) のとおり、本件売買契約の目的地は古川宇三郎に対する換地とされたけれども、右換地処分は、自作農創設特別措置法によつて禁止されていたいわゆる解放農地の譲渡を脱法的に行うことを目的としたものであり、また耕地整理法第十七条が定める標準に従い、従前の土地に照応する換地を指定すべき換地処分の本質にも反するもので、法律上当然無効の処分であり、したがつて、右換地処分によつては、控訴人は本件売買契約の目的地の所有権を失わなかつたといわなければならない。のみならず、右換地処分によつて本件売買契約の目的地が一応古川宇三郎の所有に属することになつたとしても、前記(四)の(1) 、(2) のような右換地処分が行われた経過、およびこれに対して控訴人が換地認可無効確認訴訟を提起して、右換地処分が無効であり、本件売買契約の目的地が控訴人の所有に属することを主張していたことからすれば、右換地処分が行われたというだけでは、社会取引観念上いまだ本件売買契約が履行不能になつたとはいえない。そして、結局本件売買契約の目的地は控訴人の所有に戻つたのであるから、右換地処分によつて本件売買契約が履行不能となり、控訴人の債務が消滅したという控訴人の主張は失当である。

(七)、本件売買契約で定めた解除についての特約は、売主である控訴人がその債務の履行を懈怠しながら、手附の倍額を返還しさえすれば契約が当然消滅するというようなことを定めたものではない。のみならず、被控訴人は履行期である昭和三十二年二月十八日に残代金を控訴人に対して現実に提供したのであるから、これによつて控訴人の約定解除権は消滅したといわなければならない。

証拠関係〈省略〉

理由

(一)、昭和二十七年十月二十日、控訴人と被控訴人間に、当時控訴人の所有に属していた高岡市湶町字西五百四十番の一、田九畝十五歩、同所五百三十九番の二、田二十八歩の二筆の土地のうちの北側の部分七十五坪(本件売買契約の目的地)を、代金四十二万五千円、手附金二十三万円、手附金は契約成立と同時に支払い、代金額から手附金額を差引いた残代金は所有権移転登記と同時に支払うこととして被控訴人に売渡すという売買契約(本件売買契約)が成立したこと、同日、被控訴人が控訴人に対して右約定どおり手附金二十三万円を支払つたこと、昭和二十七年十一月一日、高岡市北部耕地整理組合が行つた換地処分によつて、本件売買契約の目的地を含む前記二筆の土地のうちの北側の部分百五十二坪二合が、古川宇三郎に対して換地として交付されたこと、右の百五十二坪二合の土地の表示が高岡市湶町字本町三丁目四十番、宅地百五十二坪二合と改められ、後にこれが三筆に分筆され、そのうち本件売買契約の目的地であつた箇所の一部が高岡市湶町字本町三丁目四十番の三、宅地七十三坪九合五勺となり、さらに右土地の表示が高岡市広小路二区四十番の三、宅地七十三坪九合五勺(本件土地)と改められたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)、本件訴は、原告が被控訴人、被告が控訴人である富山地方裁判所昭和二九年(ワ)第一九八号損害賠償請求事件との関係で二重起訴となるものであるから、民事訴訟法第二百三十一条により本件訴は却下されるべきであるという控訴人の抗弁について。

真正に作成されたことに争いのない乙第一号証、および弁論の全趣旨によると、本件訴の提起より前である昭和二十九年九月一日、被控訴人が控訴人を被告として富山地方裁判所高岡支部に同裁判所昭和二九年(ワ)第一九八号損害賠償請求事件の訴を提起し、右訴訟事件が現に右裁判所に係属中であること、右事件は被控訴人が控訴人に対して本件売買契約に関する損害賠償として二百八十三万円の支払いを求めるものであることが認められる。

してみると、右事件において被控訴人が控訴人に対して求めている賠償が、本件売買契約に基く控訴人の債務の填補賠償であるか、遅延賠償であるかにかかわりなく、右事件の訴訟物と、本件土地について被控訴人に対する所有権移転登記を求める本件訴の訴訟物が同一でないことは明らかであるから、本件訴が右事件との関係で二重起訴となり、不適法な訴であるという控訴人の主張が理由のないものであることは明らかである(仮に右事件の訴が、控訴人主張のとおり本件売買契約に基く控訴人の債務の填補賠償を求めるものであるならば、論理上、右事件の請求と本件請求のうち少くともいずれか一方は、棄却されるはずであるということができるにすぎない)。

(三)、昭和二十七年十一月一日、高岡市北部耕地整理組合が行つた換地処分により、本件売買契約の目的地が古川宇三郎に換地として交付されたことによつて、本件売買契約に基く控訴人の債務は履行不能となり消滅したという控訴人の抗弁について。

(1)、昭和二十七年十一月一日、高岡市北部耕地整理組合が行つた換地処分によつて、古川宇三郎所有の高岡市湶町宇西三百六十六番の二、宅地四坪、同町字石間百四十三番の六、宅地十七坪の二筆の土地に対する換地として、本件売買契約の目的地を含む高岡市湶町字西五百四十番の一、田九畝十五歩、同所五百三十九番の二、田二十八歩の二筆の土地のうちの北側の部分百五十二坪二合が古川に交付されたこと、右百五十二坪二合の土地の表示が高岡市湶町字本町三丁目四十番、宅地百五十二坪二合と改められたことは当事者間に争いがない。

(2)、真正に作成されたことに争いのない乙第七号証によると、右と同日、右耕地整理組合が行つた換地処分により、控訴人所有の高岡市湶町字西五百四十番の一、田九畝十五歩に対する換地として同町字本町三丁目四十一番、田四畝二十五歩(その所在場所は、右の従前の土地、および同町字西五百三十九番の二、田二十八歩の二筆の土地のうち、前記の古川に換地として交付された部分を除く、その余の部分と同じ所)が、また控訴人所有の同町字西五百三十九番の二、田二十八歩ほか五筆の土地合計一反十四歩に対する換地として、同町字本町三丁目二番、田六畝一歩が、それぞれ交付されたことが認められ、右認定を妨げるべき証拠はない。

(3)、いずれも真正に作成されたことに争いのない甲第十二号証の二、同第十八号証、同第二十二号証、乙第二号証、ならびに原審における証人三木勘蔵の証言、被控訴人本人尋問(第一回)の結果、および当審における証人上坂仁一の証言、被控訴人本人尋問の結果を合わせて考えると次の事実が認められる。

(イ)、自作農創設特別措置法によつて国が古川宇三郎から買収して控訴人に売渡した農地約三百坪位を、昭和二十六年頃に控訴人が専売局に売渡したことから、右土地の旧所有者であつた古川が不満を抱き、右土地の買収に対する不服を申立てたので、富山県、農業委員会、高岡市北部耕地整理組合等の各関係係員が右紛争を穏便に解決するための斡旋を行つた結果昭和二十七年五月一日頃、右の各関係係員、古川の代理人林一郎、控訴人の間に、古川は右の農地買収に対する不服申立を撤回し、控訴人は古川に対して、控訴人の所有に属していた高岡市湶町字西五百四十番の一、同所五百三十九番の二の二筆の土地のうち百五十二坪二合を譲渡する、しかし右土地について控訴人から古川に対する所有権移転登記を行うことには困難な事情があるので、右譲渡は前記耕地整理組合が行う換地処分による換地交付の形式を利用することとし、右換地処分の形式を整えるために、古川宇三郎に対しては右百五十二坪二合の土地に換地される土地(従前の土地)に充てるため、国有地である高岡市湶町字西三百六十六番の二、宅地四坪、同町字石間百四十三番の六、宅地十七坪の二筆の土地を払下げる、という合意が成立し、右合意に従つて同月三日頃、前記県、耕地整理組合の係員が立会いのうえ、控訴人から古川に譲渡する土地の範囲を確定した。

(ロ)、昭和二十七年十月二十日、控訴人は林一郎を代理人とし、右(イ)の事実を秘して、控訴人所有名義となつている高岡市湶町字五百四十番の一、同所五百三十九番の二の二筆の土地に対しては、前記耕地整理組合が行う換地処分により、同じ場所が換地として交付されることが予定されているので、換地処分が行われたときは、直ちに本件売買契約の目的地について被控訴人に対する所有権移転登記が可能であるとして、被控訴人と本件売買契約を締結し、手附金を差引いた残代金の支払いを確実にするため、控訴人の要求に従つて、被控訴人は残代金相当額を控訴人が指定した松村某に寄託した。(もつとも右金員は、後日被控訴人、控訴人間に紛争が起きたので、被控訴人が松村某から取戻した)そして、その翌日頃、控訴人が立会つて本件売買契約の目的地の範囲を確定して被控訴人に引渡し、かつ被控訴人が直ちに右土地を使用することを承諾した。

(ハ)、前記(イ)の合意に基いて、昭和二十七年九月二十五日、前記二筆の国有地について古川宇三郎に対する所有権移転登記がなされたうえ、同年十一月一日、前記(三)の(1) の換地処分がなされ、他方、実質的には高岡市湶町字西五百四十番の一、同所五百三十九番の二の二筆の土地のうち前記(イ)の合意によつて古川に譲渡された百五十二坪二合を除くその余の部分の土地に対する換地であるけれども、右百五十二坪二合の土地について前記のとおり別個の計二十一坪の二筆の土地に対する換地として古川に交付するという形式がとられたこととの関係で、形式的には右の五百四十番の一、五百三十九番の二の二筆の土地全部に対する換地として交付するという形式をとつて、前記(三)の(2) の換地処分が行われた。

右のように認められるのであり、原審、および当審における控訴人本人の供述のうち右認定に反する部分は、前掲記の各証拠に照らして考えると、信用できないものであり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(4)、いずれも真正に作成されたことに争いのない甲第一号証の一ないし三、同第二号証の一ないし四、同第四、五号証、同第十三ないし第十五号証、ならびに原審における証人二上常太郎、同渡部利雄の各証言、被控訴人本人尋問(第一回)の結果、および当審における被控訴人本人尋問の結果を合わせて考えると、次の事実が認められる。

(イ)、被控訴人が昭和二十七年十一月上旬頃から本件売買契約の目的地上に家屋の建築を始めたところ、古川宇三郎が被控訴人、控訴人両名を債務者とし、富山地方裁判所高岡支部昭和二七年(ヨ)第六一号事件として、仮処分を申請し、同月十一日、前記の古川が換地として交付を受けた土地について、これを執行吏の保管に移し、被控訴人、控訴人の占有の移転、工作物の設置、建物の建築工事の続行をいずれも禁止する旨の仮処分決定がなされ、これが執行された。そこで被控訴人が控訴人に対して、右仮処分の執行を受けたことについて抗議したところ、控訴人が、同人の負担において右仮処分の執行の排除に必要な一切の処置をすることを約束したので、被控訴人がこれを控訴人に委かせた結果、控訴人が中村領策弁護士を控訴人、被控訴人両名の訴訟代理人に選任して右仮処分取消しの申立をし、さらに同年十二月、古川が控訴人、被控訴人両名を被告とし、前記裁判所昭和二七年(ワ)第一七九号事件として、前記仮処分執行地上の建物を収去して右土地の明渡しを求める訴を提起したのに対しても、右の仮処分に対すると同様にして、中村領策弁護士を控訴人、被控訴人両名の訴訟代理人に選任して応訴したほか、同年十二月末頃には、右仮処分の執行によつて被控訴人が直ちに本件売買契約の目的地上に家屋を建築して居住することができなくなつたことに対する補償として、控訴人は被控訴人に対して七万円を支払うことを約束した。

(ロ)、さらに、前記(3) の(イ)の合意成立後間もなくから、これに不満を抱き、その無効を主張していた控訴人は、富山県知事、前記耕地整理組合、古川宇三郎、および古川宇三郎から前記の同人が換地として交付を受けた土地について所有権移転登記を受けていた田島隆一をいずれも被告とし、富山地方裁判所昭和二八年(行)第四号耕地整理の換地認可無効確認等請求事件を提起し、前記(3) の(イ)の合意が無効であり、したがつて前記(3) の(1) の換地処分も無効であることを主張していたが、昭和三十一年九月二十六日、右事件について、田島隆一は同年十月十日までに高岡市湶町字本町三丁目四十番、宅地百五十二坪二合についての所有権取得登記を抹消する、富山県知事は同年十一月十日までに中山律子所有の同市大坪町字朝日町一丁目四十番畑六畝十四歩を、右中山が控訴人に譲渡するよう斡旋する、右の抹消登記、土地の譲渡が行われたときには、控訴人と古川は右の宅地と畑地を交換し、その所有権移転登記をする、という訴訟上の和解が成立した。

右のように認められるのであり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

前記(3) の(イ)ないし(ハ)認定の事実によると、控訴人は、本件売買契約当時その所有名義は控訴人にあつたけれども、既に昭和二十七年五月一日頃に古川宇三郎に譲渡してあり、前記耕地整理組合が行う換地処分によつて、その所有名義も古川のものとなることが予定されていた本件売買契約の目的地を、本件売買契約によつて被控訴人に売渡し、右土地を古川と被控訴人に二重譲渡したということができる。そして前記(1) の換地処分が行われたことによつて、土地の二重譲渡が行われた通常の場合にその一方の譲受人に対する所有権移転登記が行われてしまつたと同様の状態になつた(真正に作成されたことに争いのない甲第六号証によると、前記(1) の換地処分によつて古川宇三郎に交付された換地について、同人の所有権の登記がなされたのは昭和二十八年三月十一日であることが認められるが、前記(1) の換地処分が行われたことによつて、前記の百五十二坪二合の土地についてはもはや控訴人を登記義務者とする所有権移転登記手続をすることはできなくなつたのであるから、通常の二重譲渡の場合に、譲渡人から譲受人の一方に対する所有権移転登記が行われたことによつて、譲渡人を登記義務者とする他の譲受人に対する所有権移転登記ができなくなつた場合と同様の状態になつたとみられる)のであるから、特段の事情がなければ、控訴人の本件売買契約に基く本件売買契約の目的地所有権を被控訴人に譲渡すべき債務は、前記(1) の換地処分が行われたことによつて履行不能となつたと解すべきであるが、前記(4) の(イ)、(ロ)に認定したとおり、控訴人は前記(3) の(イ)の合意が成立して間もなくから、古川宇三郎に対する本件売買契約の目的地を含む百五十二坪二合の土地の譲渡の無効を主張し、換地処分後も古川の右土地についての所有権者としての権利主張に対して、被控訴人のために訴訟を行うことまで引受けて抗争していたという特段の事情があつたのであるから、前記(1) の換地処分が当然無効なものであつたとはいえない(被控訴人は、前記(1) の換地処分が自作農創設特別措置法の禁止行為を脱法的に行うことを目的としたものであると主張し、前掲記の甲第十八号証中には証人林一郎の右主張にそう証言の記載があるけれども、右証言は、当番における証人上坂仁一の証言に照らして考えるとたやすく信用できず、他に、前記(3) の(イ)の合意によつて、控訴人が古川に譲渡した百五十二坪二合の土地がいわゆる解放農地であつたことを認めるに足りる証拠はなく、また前記のとおり前記(1) の換地処分が実質的には既に古川に譲渡されていた百五十二坪二合の土地に対して、同一の土地を換地として与えるものであつたことからすれば、その形式のみから耕地整理法第三十条第一項所定の換地交付の標準を無視したものとはいえず、他に前記(1) の換地処分が法律上当然無効なものと断定するに足りる証拠はない)としても、右換地処分が行われたことに因つて、ただちに控訴人の本件売買契約に基く債務が履行不能となつたとはいえないと解するのが相当である。したがつて控訴人の前記の抗弁は採用できない。

(四)、本件売買契約は残代金の支払い、および所有権移転登記の履行期に、その履行がなされなかつたので、特約により消滅したという控訴人の抗弁について。

(1)、先ず、原審で控訴人訴訟代理人がなした、本件売買契約に因る売渡土地についての被控訴人に対する所有権移転登記の履行期が昭和三十二年二月十八日に到来したことを認めるという自白の撤回が許されるかどうかについて考える。真正に作成されたことに争いのない乙第二号によると、本件売買契約において、売渡土地の所有権移転登記の履行期については、「所有権移転登記の申請を谷道司法事務所に於て耕地整理換地配当終了後翌日とす」と定められたことが認められる。ところで、耕地整理による換地処分が行われても、耕地整理法第三十六条に基く耕地整理施行者の登記申請による換地処分の結果の登記がなされた後でなければ、換地の交付を受けた者が当該換地について自己を登記義務者とする登記申請をすることはできないのであるから、右の約定の「換地配当終了」とは換地処分が行われたこと自体をいうのではなく、換地処分の結果が登記されたことをいうと解すべきである。本件売買契約の目的地を含む百五十二坪二合の土地について換地処分の結果の登記がなされたのが昭和二十八年三月十一日であることは前記のとおりである。してみると、本件売買契約に因る控訴人の所有権移転登記義務の履行期は昭和二十八年三月十二日に到来したといわなければならないから、(原審における証人三木勘蔵の証言、および被控訴人本人尋問(第一回)の結果によると、本件売買契約成立当時、本件売買契約の目的地についての換地処分、したがつてその結果の登記のなされる時期は未確定であつたことが認められるから、右の所有権移転登記義務の履行期は不確定期限であり、かつ右移転登記と被控訴人の売買代金残の支払いが同時履行と定められていたことは当事者間に争いのないところであるから、右履行期の到来によつて、当然に控訴人が右移転登記義務について履行遅怠の責任を負うとはいえないことはいうまでもない)控訴人訴訟代理人が原審でした前記の自白は事実に反しているということができる。そして、本件記録によると、原審で控訴人訴訟代理人であつた中村領策弁護士が前記の自白をした昭和三十六年四月二十五日午前十時の口頭弁論期日は、控訴人主張のような経過で施行されたものであること、したがつて、前記の自白は右弁護士の錯誤に因るものであることを推認することができる。被控訴人は、昭和二十八年三月十二日には本件売買契約の目的地は、古川宇三郎の所有地として登記されていて、控訴人は被控訴人に対する所有権移転登記をすることはできない状態にあつたのであるから、右の日に本件売買契約に因る控訴人の債務の履行期が到来したとはいえないと主張するが、債務の履行が現実にできる状態にあるかどうかということと、履行期が何時到来するかということは別のことであるから被控訴人の右主張は採用できない。(前記の履行期においては、本件売買契約の目的地は換地処分により古川宇三郎の所有地として登記されており、控訴人が被控訴人に対するその所有権移転登記をただちにすることはできない状態にあつたことは前記のとおりであるが、これに関しては控訴人の履行遅滞の問題として解決すればよいのである。もし被控訴人が主張するように、前記の履行期についての約定が、現実に控訴人が本件売買契約の目的地について被控訴人に対する所有権移転登記をすることができるようになつた時を履行期とする趣旨であると解するならば、控訴人が本件売買契約の目的地を含む高岡市湶町字本町三丁目四十番、宅地百五十二坪二合について、昭和三十一年十一月二日に古川宇三郎から所有権移転登記を受けるまでは、控訴人の債務の履行期は到来しなかつたこととなり、したがつて、少くとも右の日より前の期間については、控訴人に対してその履行遅怠の責任を問うことはできないのであつて、前記(二)の控訴人の抗弁に対する被控訴人の主張自体とも矛盾することになることを考えても、被控訴人の前記の履行期についての主張が失当であることがわかるであらう)、してみると、控訴人訴訟代理人が原審でした前記の自白の撤回は許されるべきものといわなければならない。

(2)、前掲記の乙第二号証(本件売買契約について作成された契約書)には第四項として、「第二項ニ定メタル期日ニ至リ若シ売渡人ガ契約ヲ履行セザル場合ハ損害賠償トシテ第一項ニ於テ受取リタル手附金ノ倍額ヲ買受人ニ支払ヘ又買受人ガ不履行ノ場合ハ第一項ニ於テ支払ヘタル手附金ハ損害賠償トシテ売渡人ノ所得ニ帰スルモノトス但此ノ場合相手方ハ何等ノ通知ヲ発セズシテ本契約ハ自然消滅スベキモノトス」と記載されているので、右約定の趣旨について考える。先ず右条項本文のうち「第二項ニ定メタル期日」というのは、前記(四)の(1) 記載のとおり、本件売買契約に基く所有権移転登記、残代金支払いの履行期が不確定期限であり、かつ右期限の到来が当然に当事者に知り得べきものであつたと認めるに足りる証拠がない(かえつて、耕地整理法によると、換地処分の結果の登記は、換地処分を受ける者ではなく耕地整理事業施行者の申請により行われるものであり、その登記を行つたことを換地処分を受けた者に通知することにはなつていないことからすると、当事者は前記の期限の到来を当然には知り得ないと認められる)ことからすると、前記のとおりの履行期自体ではなく、履行期到来の日以後の日であつて、当事者双方の合意により、または当事者の一方の催告によつて、現実に所有権移転登記、残代金支払いをなすべき日と定められた日をいうと解するのが相当であり、前記のとおり、本件売買契約締結と同時に被控訴人が控訴人に対して売買代金の二分の一以上である手附金二十三万円を支払つたこと、本件売買契約締結当日、被控訴人は残代金相当額を控訴人が指定した者に寄託し、実質的には売買代金全額の支払いをしたのと殆んど変りのない状態となつたこと、本件売買契約締結の翌日頃には、控訴人は本件売買契約の目的地を被控訴人に引渡して、その債務の履行に着手し、被控訴人も昭和二十七年十一月上旬に右土地上に家屋の建築を始めたこと、さらに原審における証人三木勘蔵の証言、被控訴人本人尋問(第一回)の結果、および当審における被控訴人本人尋問の結果を合わせて考えると、右のように本件売買契約締結後早急に目的地の引渡し、その使用のなされることが、契約締結の際当事者によつて約定、予期されていたことが認められること、すなわち本件売買契約締結後早急に控訴人がその履行に着手し、被控訴人が手附放棄による契約解除権を行使する余地のなくなることが予期されていたのであるから、被控訴人が手附によつて解除権を留保するということは殆んど無意義なことであつたということができること等からすると、前記条項の本文は、その文言自体は前記の手附が解約手附たることを明示的には否定していないが、前記の手附が解約手附ではなく、当事者の一方が債務不履行の責を負う場合に、手附金の額をもつて填補賠償としての損害賠償額の予定とする違約手附であることを定めた趣旨と解するのが相当であり、前記条項の但書の部分は、当事者の一方が債務不履行の責任を負う場合、他方の当事者は契約解除の意思表示をしなくても、手附金を没収し、あるいはその倍額の支払いを請求することによつて、本件売買契約を終了させ、かつ右金員の没収、支払いによつて契約関係を清算させることができるということを定めたと解するのが相当であり、前記条項の但書をもつて、本件売買契約に基く所有権移転登記義務、残代金支払義務のいずれかについて債務不履行があつた場合には、本件売買契約が当然にその効力を失うという解除条件を定めたもの、あるいは、債務不履行の責を負う当事者も、手附の放棄、倍戻しによつて契約を終了、清算させることができるということを定めたものと解すべきではない。

(3)、してみると、前記条項の但書が本件売買契約の解除条件を約定したものであることを前提とし、右解除条件の成就によつて本件売買契約が効力を失つたという控訴人の抗弁、および被控訴人が控訴人に対して支払つた手附が解約手附であることを前提とし、控訴人が右手附の倍額を被控訴人に提供したことによつて本件売買契約が解除されたという控訴人の抗弁は、いずれも採用できない。(昭和二十九年九月一日、被控訴人が控訴人を被告として富山地方裁判所高岡支部に二百八十三万円の損害賠償請求訴訟を提起していることは前記のとおりであるが、前掲記の乙第一号証-右訴の訴状-には、右請求が手附の倍戻しの請求を含むものであることは何も記載がなく、他に右事件において被控訴人が手附の倍戻しを請求していることを認めるに足りる証拠はないから、右訴の提起によつて本件売買契約が終了したということはできない。)

(五)、本件売買契約の目的地と本件土地とは法律上の同一性がないから、控訴人には被控訴人に対して本件土地についての所有権移転登記をすべき義務はないという控訴人の主張について。

本件売買契約成立後である昭和二十七年十一月一日、高岡市北部耕地整理組合が古川宇三郎所有の高岡市湶町字西三百六十六番の二、宅地四坪、同町字石間百四十三番の六、宅地十七坪の二筆に対する換地を本件売買契約の目的地を含む同町字本町三丁目四十番、宅地百五十二坪二合とする換地処分、および控訴人所有の本件売買契約の目的地の一部を含む同町字西五百四十番の一、田九畝十五歩に対する換地を同町字本町三丁目四十一番、田四畝二十五歩とし、控訴人所有の本件売買契約の目的地の一部を含む同町字西五百三十九番の二、田二十八歩ほか五筆計一反十四歩に対する換地を同町字本町三丁目二番、田六畝一歩とする換地処分が行われたことは前記のとおりである。したがつて特段の事由がなければ、本件売買契約によつて被控訴人の所有となるべき土地は、右の換地処分によつて法律上当然に、控訴人が本件売買契約の目的地に対する換地として交付を受けた土地に移転する(本件売買契約の目的地が二筆の土地の各一部であり、かつ右二筆の土地がそれぞれ別の所へ換地されたのであるから、いずれの換地のどの部分が被控訴人の所有となるべきかは、換地処分のみからは確定しないけれども)ことになるのであるが、前記のような換地処分が行われたことについては、前記(三)の(3) の(イ)、(ハ)のような特別の事情があつたことが認められるのであり、右の事実からすれば、前記の換地処分は実質的には、換地処分前に古川宇三郎の所有となつていた本件売買契約の目的地を含む百五十二坪二合の土地に対する換地として、これと同一場所である本件上地を含む百五十二坪二合の土地を換地として交付したものというべきであり、したがつて右換地処分前の本件売買契約の目的地と右換地処分後の本件土地とは実質的には法律上の同一性があるということができるのであり、前記(三)の(3) の(ロ)のような本件売買契約締結の事情からすれば、控訴人は本件売買契約に因つて、その締結当時既に古川宇三郎に譲渡してあつた本件売買契約の目的地に対する換地処分が行われ、右土地が名実ともに古川の所有となつたときには、その所有権を控訴人が取得してこれを被控訴人に譲渡すべき債務を負つたものというべきであり、本件売買契約によつて被控訴人の所有となるべき土地が、前記の換地処分によつて形式上本件売買契約の目的地の換地とされた土地に移転したということはできない。

(六)、富山地方裁判所昭和二八年(行)第四号耕地整理の換地認可無効確認等請求事件について、昭和三十一年九月二十六日訴訟上の和解が成立し、右和解に基いて控訴人が本件土地を含む高岡市湶町字本町三丁目四十番、宅地百五十二坪二合の所有権を取得し、同年十一月二日、その所有権取得の登記を経由したこと、昭和三十四年七月十七日、本件土地について控訴人から中山ヨミに対する所有権移転登記がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。そこで、控訴人の、本件土地は昭和三十二年十月三十日に中山ヨミに売渡され、かつその登記を経由したので、本件売買契約に基く控訴人の被控訴人に対する本件土地所有権移転登記義務は履行不能となり消滅したという抗弁、および被控訴人の、仮に控訴人と中山ヨミ間に売買契約があつたとしても、それは右両名間の通謀虚偽表示で無効のものであるという再抗弁について考える。

真正に作成されたことに争いのない甲第十六号証の一、二によると、昭和三十二年十月三十日、控訴人と中山ヨミとの間に本件土地の売買契約がなされたことを認めることができるが、右売買契約は、控訴人が被控訴人に対する本件土地の所有権移転登記義務を免れるためにした通謀虚偽表示であると認めるのが相当であり、その理由は、原判決の十九枚目裏前から三行目より二十八枚目裏前から一行目までの記載と同様であるから、これを引用する。してみると、右の控訴人と中山ヨミ間の本件土地の売買契約は法律上無効であり、したがつて、他に中山ヨミに本件土地所有権が移転すべき原因があつたことについて何も主張、証拠がない以上、前記の中山ヨミに対する本件土地の所有権移転登記、および富山地方法務局高岡支局昭和三十二年十一月五日受附第七四四一号をもつて本件土地についてなされていることが当事者間に争いのない中山ヨミに対する所有権移転の仮登記は、いずれも他の点について判断するまでもなく、権利変動の実態に副わない登記であるため無効な登記であり、抹消されるべきものといわなくてはならない。

以上のとおりであるから、控訴人は本件売買契約による残代金十九万五千円の支払いを受けるのと引換えに、被控訴人に対する本件土地所有権移転登記の申請をなすべき義務があり、その履行を求める被控訴人の請求は理由がある。

よつて、被控訴人の請求を認容した原判決は結局正当であるから、民事訴訟法第三百八十四条によつて本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次)

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